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LASHICUの読み物/BLOG

僕がLASHICU/らしくを始めたわけ。「オーガニック、始めました」

お読みいただきありがとうございます。
この記事はLASHICU/らしく創設者の一人である川本将登が、
どうしてLASHICUを始めたのか?
なんでオーガニックなの?
そもそも川本って何者?
という疑問に答える意味で書きました。

どちらかというと、僕の個人的な半生をつれつれ語り、想いの丈を吐き出している文章です。
読み辛い点もあるかもしれませんが、温かい目で最後まで読んでいただくと、僕がどういう想いでLASHICUをやらせていただいているかが、少しはお分かりいただけるのでは、と思っております。
それでは、最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします!

1.自然の中でやんちゃに育った幼少期

僕は1987年に川本家の長男として、東京で生まれました。
小さいころからとにかくやんちゃ。
いつも自然の中で体を思いっきり使って遊ぶの大好きな少年でした。
幼稚園では、木登り、おにごっこ、砂遊び、虫取り。
週末は農家をしていた祖父の畑や竹藪に行き、泥んこになって遊んでいたのを覚えています。
とにかく子供のころから自然が大好きで、自然の中で暮らし成長していきました。

勉強は小さい時からなぜか良くでき、運動神経も抜群。
地元の野球クラブに入り、中心選手として活躍していました。
母親譲りの愛嬌もあったのでしょう。
冗談ばかり言って周囲を笑わせ、クラスの人気者でもありました。
多くの友達に囲まれ、毎日楽しく小学校生活を送りました。

毎年、夏に家族で行く伊豆下田の海水浴旅行が何よりの楽しみで、夏のその時期を心待ちにしていました。
往復の車のカセットから流れてくる音楽は、決まってサザンオールスターのファーストアルバム。
湘南の海を感じるサザンの音楽は、まさに海水浴旅行の音楽にはぴったり。
お陰で「勝手にシンドバッド」を耳コピしてしまい、常に歌ってしまう小学生でした。

2.中学での挫折

中学に入り、小学校から続けていた野球部に迷わず入部。
メキメキと頭角を表しました。
しかし、夏を前に、まさかの肘の故障。
良い医者にも恵まれず、長くボールが投げれない辛い時期が続きました。

小学校時代、スポーツも勉強もでき、クラスの中心キャラであった自分。
それが、中学で肘を壊し、スポーツが出来なくなり、次第にいじられキャラとなり、そのGAPに苦しみました。
自分自身に劣等感を感じ、できない自分が許せなく、その苦しさを誰にも相談できずにいました。
顔は笑っているのに、心は泣いている。いつも死にたいと感じていました。
今思うと、なんて小さいこと思い悩んでいたのだろうと思います。
でも、中学1年生13歳の僕は、本当に必死の気持ちで毎日を生きていた気がします。

その体験から、「常に成長しなければらない、人より前を進んでいなければならない」という気持ちを強く根っこに持つようになります。

3.とにかく動いた大学時代

高校は進学校に進み、文武両道に励みました。
大学では、友人がバイトやサークルに明け暮れ、大学生活を謳歌している中、資格の勉強をし、部活を頑張り、本を沢山読み、NGO団体に入って活動したり、飛び込み営業のインターンシップをしたりしました。
とにかく自分を成長させることに取り組み、頑張っている自分に安心していました。
そうしないと、「また中学1年の辛い立場に自分が落ちてしまう」という恐怖があったからです。

焦りからくる「歪んだ成長志向」は自分を追い込み、体を酷使しました。
大学の授業、部活の練習、アルバイト、飛び込み営業のインターンと、とにかく自分を高めるために動き続けました。
平均睡眠時間は3時間。
食事は時間を惜しむためにいつもファーストフードやコンビニ食で済ませていました。

疲れてはいたけど、毎日は充実していました。
営業のインターンで結果も出しました。

4.体の異変

でも、そんな中、突然体に異変が起こりました。
後頭部の髪の毛の一部がごっそりと抜けたのです。
最初はただただ焦りました。
でも、「ちょっとした疲れが原因で大したことない」と思い、むしろ笑ってネタにし放っておきました。
そして、相変わらず無茶な生活を続けていました。

しかし、徐々に脱毛の範囲が広がり、いよいよ周りの人に気付かれ心配され始めました。
ようやく「このままではまずい」と思い、病院に行きました。
大きな病院に行き、専門外来にも行きました。
でも、そこでされた治療は「ステロイド剤の注射と塗布」だけでした。

当時の自分は「なぜこの症状が出ているのか?」ということを深く考えようともしませんでした。
医者から出された薬を使い続ければ治ると思っていました。
自分の生活は改め様ともせずに。

しかし、日に日に症状は悪くなり、ついには人と会うのが恥ずかしい状態にまで悪化しました。
そして、誰と会うのも嫌になり、家に籠ってしまいました。
今思うと、軽いうつ病だったと思います。
毎日毎日、何もするでもなく家でずっと小説を読みふけっていました。

5.姉が僕を救ってくれた

そんな時、姉が僕を救ってくれました。
「症状が出ているのは、体が悲鳴を上げているから。体を作っているものは食べ物。まずは食べ物を変えていきなよ。」
姉は医者に通い薬を使い続けているにも関わらず、僕の症状が悪化していくのを見かね、
自身で治すための方法を色々と調べてくれていました。
そして、行きついたのが”食”でした。

当時の僕はひどい食事をしていました。
ファーストフードに、コンビニ食、安い外食チェーンでの食事。
毎日飛び回っていたので、家で食事する機会はほとんどなく、いつも外食ばかりでした。
今、思うと体を壊して当たり前だと思います。

姉の指導の下、少しづつ食事を変え始めました。
一汁一菜を基本とした健康的な食事。
排毒作用があるといわれる玄米茶。
腸内環境を整える黒酢や青汁。
病院に行くのも薬を飲むのも思い切ってやめ、適度に運動をし健康的な生活に改めていきました。
当時は「オーガニック」という言葉は一般的ではありませんでしたが、オーガニックな生き方、自然に寄り添った生き方を、少しずつですが実践し始めたのです。

そして、生活を改め始めて約1カ月後。
ついに抜けていた箇所の髪がうっすらと生えてきたのです。
何カ月も薬に頼って全く効果がなかったのに、自然に寄り添った生き方に改めただけで改善したのです。
この時の喜びは今でも忘れません。

その後もその生活スタイルを続けていき、約半年後にはほとんど症状は治りました。
症状を発症してから約1年。
僕はようやく自信を取り戻し、普通の生活に戻ることができました。

あのまま薬にばかり頼り、自分の生活を改めようともせずにいたらと思うと、今でもぞっとします。
あの時、自分を導いてくれた姉には本当に心から感謝しかありません。
そしてこの体験から、僕は日々の生活における食の重要性に気付かせて頂きました。

6.自然に寄り添って生きる

それから、徐々にではありますが衣食住全体に、オーガニックな生き方を取り入れ始めました。
オーガニックな衣食住に関する書籍も読み漁り、講演会、セミナーなどもたくさん参加しました。
仕事やプライベートでオーガニック農家さんや昔ながらの食造りをしている蔵元さんの所に、話を聞きに行ったり、遊びに行ったりしました。
今では、家族包みで仲の良くなった農家さんの所で、夫婦・仲間と無農薬でお野菜・お米作りも楽しく始めています。

おかげさまで、人生を本当に気持ちよく、そして自分らしく生きられるようになりました。
昔の自分が感じていた様な、「よりもっと、より早く、よりたくさん」といった様な焦りが消え、自然体な自分になりました。
そして、家族も含めて薬や病院にほとんどお世話にならずに、健康的で幸せな毎日を過ごせています。

学生時代に自身が体調を壊し、食に救われた経験。
社会人になり自然に寄り添ったオーガニックな生き方に出逢い、今こうして幸せに気持ちよく生きられている経験。
これの経験から、衣食住を中心に自然に寄り添った気持ちの良い生き方=オーガニックライフを提案・広げていくことが、自身のミッションだと考えています。

7.きっかけを作りたい

21歳で体調を壊す前、「症状がでれば病院に行き、薬を飲めば病気は治る」とただ思っていました。
しかし、症状は体が悲鳴を上げているサインであり、根本的に体の中から健康にしなければ病気は治らないということが分かりました。

病院で出される薬は、多くは症状を抑えているだけです。
根本的に病気を治すには、その病気になった意味を考え、自身の衣食住の生活スタイルを自然と調和した生き方に改めることが必要だと思います。
その結果、病気にならない体が作られ、表に出ていた症状は治まるのです。

この真理に、辛い自身の体験から長い時間をかけて気付かせて頂くことができました。
そして、その気付きがあったからこそ、人生を自分らしく幸せに生きやすくなりました。

僕は、過去の自分と同じように、体調を壊してしまい原因が分からず薬にばかり頼っている人、身体の不調が自身の生活スタイルが原因と気付けない人が、LASHICUの製品やサービスに出逢うことで少しでも変わるきっかけを作りたいと思っています。
衣食住の自然と調和した気持ちの良い生き方を伝え、自分らしく幸せな毎日を送れる様になることに貢献したいと考えています。
そして、一人一人が自然に寄り添ったナチュラルライフに気付き、実践していくことが、地球環境を良くしていくことにも繋がり、自分を救ってくれた自然への恩返しとなると信じています。

8.ご挨拶にかえて

最後まで長文お読み頂き、ありがとうございました。
こんな思いでLASHICUをやってます。

LASHICUはご縁していただいた方々に、自然にも人にも優しい製品やサービスを提案します。
オーガニックな生き方を広げて、幸せに自分らしく生きる人を増やします。
自然に寄り添って生きる人を増やし、地球環境を良くします。
安心安全な作物を作っている農家さん、手仕事で本物を作られている職人さん・工房さんを応援します。

九州熊本の地から、社会を変えていく事業をしていきます。
どうぞ温かく応援いただければ嬉しいです。
そして、一緒に「自然らしく、自分らしく」生きましょう!

LASHICU/らしく 川本

川本 将登LASHICU共同代表

投稿者プロフィール

東京生まれ東京育ちの熊本県民。
休日は仲間と田んぼや畑、アウトドアを楽しむ。

柴犬と自然をこよなく愛する31歳。
熊本城下町の自宅で、夫婦でぬか床を毎日かき回しています。

趣味:テニス、田んぼ・畑、山、朝活、食べる事
特技:早寝早起き、嫌いな食べ物がないこと

こちらも併せてお読みください!!
>>https://lashicu.com/lashicu-my-mission
(「僕がLASHICUを始めたわけ。)

身体を腸から温め内から綺麗に!究極のデトックス飲料 ほん和香珈琲(玄米コーヒー・お米コーヒー)

熊本県旭志のろのわさんの田んぼに行ってきました。

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